アジア企業と環境問題/戸川利郎

1989年6月、「アジアの環境問題」をテーマとした座談会が開催されました。座談会の要旨をご紹介します。(戸川利郎)


「『アジアの環境問題と日本』座談会」

地球環境の危機が叫ばれておりますが、環境庁でアジア各国の環境問題の責任者をお招きしたのを機に、読売新聞社では、中国、インドネシア、マレーシア、フィリピンの環境大臣とシンガポールの環境政務次官、青木正久前環境庁長官にお集まり頂き、「アジアの環境問題と日本」をテーマに座談会を開催する機会に恵まれました。参加された各国の環境問題の現状をご説明頂き、その対応策を探り、さらには日本及び先進諸国への要望、注文などをお聞きしたいと思います。より良い地球環境を創造するために活発なご議論をお願いします。

(大畠俊夫本社編集局次長のあいさつから)

《出席者》

曲格平(中国国家環境保護局長)

エミル・サリム(インドネシア人口環境大臣)

ステファン・ヨング(マレーシア科学技術環境大臣)

フルゲンシオ・ファクトラン(フィリピン環境天然資源大臣)

ユージーン・ヤップ・チェン(シンガポール環境政務次官)

青木正久(前環境庁長官)

(敬称略)

司会:大畠俊夫・読売新聞編集局次長

〔各国の問題点〕

--まず、それぞれの国が抱えている問題点について簡単な説明を。

サリム:
大きな問題はジャワ島の水質汚染と、ジャワ以外の森林破壊の2つ。これらは結局は企業の圧力などで起こるものなので、開発計画を作る時には環境に十分配慮しなければならない。

ヨング:
マレーシアでは、たくさんの工業化プロジェクトを促進しており、それに伴って各地に様々な汚染物質が出ている。水質汚染問題が最も大きく、工場や家庭、鉱山からの排水で河川が汚れている。自動車による大気汚染も深刻だ。

◆生態系の破壊広がる/中国◆

曲:
中国でも大気汚染と水質汚染問題に苦しんでいる。また、エコシステム(生態系)の破壊も起こっており、植生の破壊による土壌浸食が大きい。途上国型と先進国型の両方の環境問題に直面している。

--フィリピンではどうですか。

ファクトラン:
基本的な問題が2つある。森林破壊と都市の病弊だ。両者に共通した原因は貧困だと思う。森林は、国土の半分、約1500万ヘクタールあるといわれているが、実際は、緑豊かな森は100万ヘクタール以下しかない。森林破壊の原因は、不法な伐採と焼き畑農業、燃料用の木炭作りの3つだ。肥よくな表土は、雨で流され、土壌の生産性が下がっている。

首都マニラでは、河川の汚れと大気汚染がひどい。川は生物学的に死にかけている状態だ。汚染の75%は家庭からの雑排水、25%は工業排水による。下水道の普及率は10-15%だ。

大気汚染は、車が多すぎるためだ。人口800万人のマニラに、車が50万台ある。賃金が低いため、排ガス規制を受けた新車を買える人がいない。子供が呼吸器系の病気にかかっている。



◆排ガス規制強化検討/シンガポール◆

ヤップ:
環境の質には、シンガポールはまあまあ満足している。だが、車の排ガスによる汚染には関心を持っている。車の排ガス規制を輸入車にも適用できないか、また基準を厳しくできないかを考えている。

--これまでの説明を聞いて、青木さん、日本の立場や状況はどうでしょう。

青木:
日本は世界のGNP(国民総生産)の14%を生産している。このため地球環境に大いに影響を与えてきた。

例えば、フロンガスは、世界で生産される100万トン中の17万トンを使っている。1人当たりの消費量は、インド国民の300倍だ。二酸化炭素は、世界4位の排出量。また、熱帯のマングローブ林を壊して、エビを養殖しているというが、日本のエビ輸入量は世界の3分の1に当たる。木材の輸入量は、世界の17%となっている。

〔熱帯雨林破壊〕

--現状を聞くと、3つの重要な問題があるように思われる。熱帯雨林の破壊。都市問題、とくに人口増の問題。そして、大気、水質の汚染。この3点に絞り、解決策や問題点について、議論を深めて頂きたい。

◆2000万ヘクタール再植林へ/インドネシア◆

サリム:
熱帯雨林を保護する具体案はすでにできている。約2000万ヘクタールの再植林だ。しかし、経済面での問題もある。開発途上国は、木材や家具を輸出して、収入を得る必要があるが、インドネシアの産業育成のため、日本には家具の輸入関税を下げ、木材の関税を上げるくらいの配慮をして欲しい。

それに、熱帯雨林の生物資源をいかに守るか、ということも大切だ。バイオ、医薬品関係の科学者や企業の多い日本は、遺伝子資源の重要性を知っている。逆に私たちは専門知識を持っていない。インドネシアと日本の関係企業がバイオ遺伝子プロジェクトを推進すれば、熱帯雨林を再生できるのではないだろうか。

ファクトラン:
フィリピンは1986年に、丸太の輸出を禁止した。さらに1989年7月からは、板材の輸出も禁止する。付加価値を高めた輸出に切り替えたい。

しかし、森林破壊の75%は、焼き畑農業による被害だ。そこで、山岳地帯の住民に対して、天然資源の利用権や土地の所有権を与えたい。土地が自分のものになれば、焼き畑はしなくなり、森を大切にするようになるだろう。

--熱帯雨林が減少するとそこに生息する動植物の種が根絶するという問題も出てくる。具体的な事例はどうですか。

ファクトラン:
フィリピンで絶滅の危機にひんしているのは、フィリピン・イーグルとジュゴンだ。サンゴ礁やマングローブの林が破壊されて、彼らの生活環境が壊されてしまった。

◆サイ、絶滅の危機/マレーシア◆

ヨング:
マレーシアではサイが絶滅の危機に陥っている。昔はジャワサイとスマトラサイがいたが、1930年代にジャワサイは絶滅してしまった。現在はスマトラサイを捕獲して、自然の環境のもとに繁殖させようというプログラムを進めている。アメリカのスミソニアン研究所の協力を得ているが、ぜひ日本の協力も欲しい。

サリム:
ジャワ島ではトラが5頭しか残っていない。これは森林破壊と人口爆発の結果だ。日本にやって頂きたいのは、薪(まき)に代わる再生可能なエネルギー源の開発だ。原子力は嫌だけど......。日本には金、知識、技術、能力があるのだから、研究開発をぜひお願いしたい。

〔人口・都市集中〕

--それでは、人口問題に移ります。ヤップさん、いかがですか。人口増加の問題、都市問題などいろいろあると思いますが。

ヤップ:
シンガポールではむしろ人口不足に悩んでいる。一時は人口爆発があると恐れられ、子供を2人までとする政策がとられたが、それが効果的に推進されすぎてしまった。

サリム:
人口集中と低所得が環境悪化をもたらし、結局、汚い水を使うことになる。そして、衛生状態がひどく悪くなり、乳幼児の死亡率が高くなる--というつながりができる。

--サリムさん、人口増加への対応策は?

サリム:
インドネシアの大統領は国連の機関から1989年、人口賞という賞を受けた。それは死亡率が下がったにもかかわらず、人口の伸びを2・3%から2%に下げたからだ。解決策は家族計画と農村の開発だ。

青木都市集中は日本が1番大変じゃないだろうか。だから遷都問題が政策の大きな問題になっている。東京湾の水の汚れの7割は生活雑排水が原因だ。また、世界的な傾向だが、今世紀の初めの都市の住民は14%だったが、今は45%。世界では2人に1人が都市に住んでいるということを指摘しておきたい。

◆宗教問題絡みで家族計画進まず/フィリピン◆

ファクトラン:
フィリピンではカトリック信者が多いので、家族計画を推進しようとしても、なかなかうまくいかない。マニラ市が養える人口は250万人から300万人といわれているが、実際には800万人も住んでいる。



ヨング:
マレーシアでは豊かで教育のレベルの高い夫婦には子供は少ない。問題は農村の貧困層だ。時には5人以上の子を産んでしまう。そうすると農村では養えず、どうしても都市に流入してくる。このため我々の国家開発プログラムの中には農村の開発が入っている。農村で工業を起こし、雇用を生み出すことだ。また、ニュータウンを作り、都市への流入に歯止めをかけようとしている。

〔大気・水質汚染〕

--次に大気、水質汚染問題に移ります。大気の問題としてはフロンガスの問題もあり、全地球的な視点でもお話し頂きたい。

ヤップ:
シンガポールは小さな国で、すでに100%下水道が完備している。土地利用でも非常に厳しい規制を行っており、例えば貯水池のそばに家を建てることは許されない。食料品店も自動車の修理工場も建てられない。人間活動を許せば、必ず汚染物質が水に入り込むと想定されるからだ。

サリム:
有害廃棄物の問題とリンクした形で討議するのが大事だと思う。それは人間の健康に不可逆的なダメージを与えるからだ。ここでも日本の果たすべき役割は多い。多くの危険な有害物質が日本で製造されているからだ。つまり化学的製品の中にすでに有害物質が入っていて、それがインドネシアに輸出される。それが土壌や河川に入らないようにするにはどうしたらいいか。それを考える必要がある。

◆公害防止策義務付け/中国◆

曲中国での対策は次の3点だ。1つは開発協議する場合は必ず環境アセスメント(事前評価)を行うよう決めていることだ。次は、既存の工場、企業について、指定された期間内に公害防止対策を義務付けていること。3つ目は、環境投資額を増加させること。これは現在の国民総生産(GNP)の0・5%を占めており、さらに1%までアップするよう頑張っている。




--有害物質の汚染の具体例はありますか。例えば水俣病のような......。

サリム:
水俣の段階まではまだいっていないが、ペンタクロロフェノール(注1)の例がある。これは木材の防腐剤として使われているが、大量に川に流れ込む。そして、最後はそこでとれた魚を食べた人間がその毒性にやられてしまう。

ヨング:
日本に有害物質を持ち込んだ責任があるとは言わないが、電子、電気産業、特にコンピューターとかマイクロチップメーカーなどから排出される有害廃棄物をどうするかが大きな問題だ。捨てる場所を見つけることが大変で、金もかかる上、現地の住民の大きな反対もある。また、中小企業の場合、廃棄物を出す前の段階での処理能力すらない。

そこで今、マレーシアでは廃棄物の処理とか廃棄物管理の経験のある会社からの提案を募っている。すでに30の応募があり、そのうちから1つを選び、廃棄物管理、処理、そして最終的には場所を見つけるまでの仕事を委託したいと考えている。経験豊かな日本も審査のコンサルタントを派遣してもらえれば、と思う。


--フロン規制の動きはどうですか。

ヤップ:
シンガポールはすでにモントリオール議定書に加わっている。現在、その議定書にあわせるためにシンガポールの規制を変えようとしている。

サリム:
現在の我々のフロンガスの利用度は低いのだが、需要は急速に高まっている。サカナや果物などの冷蔵にもフロンガスが要る。このフロンガスに代わる安いものが見つからない限り、規制は我々の開発に歯止めをかけてしまうのではないかという問題が出てくる。

◆フロン代替品を安く/フィリピン◆

ファクトラン:
我々途上国はこのフロンガス規制に痛みを感じている。先進国はこれまで全く制約なしにフロンガスを使ってきた。しかし、今になって急に制約をかけようとしている。我々が恐れているのは、フロンガスの代替品があまりに高価で、先進国だけが使うことになるのではないかということだ。そこで私は提案したい。開発を犠牲にしてまでフロンガスの使用を自主的に規制した途上国に対しては、より安く代替品技術へのアクセスを与えたらどうか。

ヨング:
ファクトラン氏が言われたような懸念があるから、1989年5月のヘルシンキでのモントリオール議定書第1回締約国会議で途上国から国際基金を作ることの提案が出されたのだ。この基金は〈1〉フロンガス規制で経済発展に支障がないようにすること〈2〉代替品開発のためにこの基金を使うこと〈3〉先進国で代替品技術が開発された際、その技術の購入にあてること--が目的で、代替品を全世界が安く手に入れられるようにしたいという考えだ。


〔先進国へ要望〕

--ASEANでは地域環境計画(注2)を作り、今、第3段階に入っているが、そうした立場から、あるいはより広い立場から、日本など先進国への要望、協力要請をお聞きしたい。

◆ASEANに協力を/マレーシア◆

ヨング:
日本はASEAN環境計画には今まで2つのプロジェクトにしか参加してくれていない。もっと多くのプロジェクトに参加していただきたい。今、お約束をいただかなくても結構だが、1989年6月19日にASEANの環境専門家グループの会議を開くので、日本の環境庁から1人でもオブザーバーを派遣していただけないだろうか。そしてASEANの第3次環境計画の現状をみていただいて、計画の今後の実施にぜひお手伝いをお願いしたい。

もう1つ、日本は大気・水質汚染のモニタリングが進んでいるので、ぜひモニタリング専門家をマレーシアの研究者養成のために長期的に派遣してもらいたい。

ファクトラン:
環境については日本がパートナーとして積極的に参画して欲しいということだ。友好的な協力というのは、どんなに役に立つものであっても、それはあくまでも友人としての立場にすぎない。地域の環境ということを考えた時、日本と我々は単なる友人ではなく、1つの家族の一員なのだということを忘れてはならないと思う。いろいろな国際会議で美しい言葉で様々に言われているが、環境は全地球的な問題だ。どんなに心のこもったものでも単なる「協力」という段階ではいけない。本当の意味での仲間意識をお互いに持つべきだ。私たちは地球のほかに住む所はない。地球は1つ、しかも不可分なものだ。

◆日本に先導役を期待/インドネシア◆

サリム:
大事なことは環境保全を考えに入れた開発だと思う。日本は科学者やビジネスマン、一般国民を動員する形で、この持続可能な開発にイニシアチブをとっていただけるのではないか。世界のGNPの14%を占める日本は大きな影響力を行使できるはずで、1989年7月のサミットではアジアの持続可能な開発について、日本からきちんと意見を述べて頂きたい。

曲:
私の見た限りでは日本の環境政策と対策は成功したものと思う。経済成長して豊かになったと同時に、環境面でも豊かに保ったのだから。こうした日本の経験は中国にとって非常に参考になる。日本はアジア全域の環境にも配慮して欲しい。アジアの環境を保全することは、同時に日本の経済を促進させることにもなると思う。

ヤップ:
1989年6月7日の「アジア地域国際環境シンポジウム」で座長の近藤次郎氏(日本学術会議会長)がすばらしい総括を発表している。それをすべて実行していただければ何も言うことはない。




-最後に青木さん、日本の立場について説明を。

◆世界の政策を整理/日本◆

青木:
日本が考えていること、あるいはできることの第1は地球環境を守る費用の問題。これは非常にお金がかかる。どこから工面するかについていろいろな議論があり、私も竹下前首相と長い間、話を進めてきたが、日本は相当思い切ったことを考えなければならないという結論になった。特に政府開発援助(ODA)の活用だ。世界一になったわけだが、この使い方をみると必ずしも適当でないものもある。使い方を検討することも必要だ。

2番目は公害防止技術。日本の公害防止技術は世界一ではないかと思う。特に脱硫装置とか水質保全に関するモニタリングの機械などが優れている。こうした技術を各国に伝えたい。




-政策面ではどうですか。

青木:
そう、3番目は地球環境問題に対する国際的な取り組みへの交通整理だ。確かに地球は1つだが、地球環境政策について世界は1つではない。イギリスのようにオゾン層の保護を先にやろうという国と、フランスのように地球温暖化を先にやろうという国もある。また、UNEPを強化しようという国と、別の国際機関を作ろうという国もある。従って日本としては、こうした大きな流れの交通整理をして、1つに固めていきたい。

ASEANの環境計画へのオブザーバーの派遣については、環境庁から1人は出せると思う。さらにサリムさんの言われたサミットで発言しろということですが、これは大きな声で言います(拍手)。以上です。


--皆さん、有益なご意見をどうもありがとうございました。

〈注1〉ペンタクロロフェノール防腐剤、除草剤、殺菌剤として使われる化学薬品。「毒物及び劇物取締法」の劇物に指定されている。

〈注2〉ASEAN(東南アジア諸国連合)の環境計画1977年、UNEPの協力で第1次ASEAN地域環境計画(ASEP1)が策定され、その検討の場として環境専門家会合が生まれた。1978年以来毎年会議を開催し、1983年、1988年の2回改訂され、現在は第3次計画(1988-1992)となっている。計画は〈1〉環境管理〈2〉自然保護と陸上生態系〈3〉産業と環境〈4〉海洋環境--など6分野で、60のプロジェクトを設定している。